栃木県 二宮町 せんだん幼稚園 理事長コラム

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2002/5月
 意欲の源は日々の精励にあり
 新学期が始まり早1ケ月。新入園児の子達も園生活に慣れ、元気に生活しています。当園ではこの新学期時期、他園のように安直に午前保育とはせず、給食、お弁当を食べての降園としました。皆と一緒にお昼を食べる、という経験が園生活への馴染みを早めるのです。学校5日制も導入され、益々大切になってくる一日一日を無駄にせぬよう保育をしていきたいと思っています。
 さて、ゆとり教育を主軸とする新しい教育指導要領が施行され、様々な論議を呼んでいます。文部科学省の考えは、ゆとりがあれば主体的創造性や意欲が育ち、生きる力が育つ、という論理ですが、皆様はどう思われますか?。
 まず、この生きる力、という意味はそもそも何でしょう。私は、自分の可能性、能力を最大限に磨き、それを社会に向けて活かし、発揮する自己実現力のことであると考えます。プロスポーツの世界で例えて言えば、イチロー選手がもつ力がその典型と言えるでしょう。
 では、彼のそのような力は何によって達成されたのでしょうか? 文部科学省の言うような"ゆとり"から生まれた・・・? 答えは否です。彼に関する書物を読めば分かりますが、それは少年期からの一年365日中360日もの日々の地道な鍛錬によるのです。
 欧米諸国ではイギリスをはじめ、アメリカなども1960‾70年代、今の日本がとり組もうとしているこのゆとり教育の試みを行いました。しかし、その目論見は惨憺たる結果となったのをごぞんじでしょうか。現在はこれらの国では学校週5日制は日本と同じですが、徹底した学力向上、教科学習重点に方向転換され、日本よりも年間200時間も多い授業カリキュラムが組まれています。さらに生徒が学校外で勉強する時間も日本に比べ一日平均1時間も多いといいます。
 日本の文部科学省は欧米諸国でことごとく失敗した処方箋を子供達に強制しようとしているといえます。(人体実験?!) 多くの見識のある方々がそのようなやり方に異議を唱えるのは以上の理由によります。
 学校で学ぶ内容は人としての基礎基本です。算数にしろ国語にしろ、直接実生活の役に立つ云々ではなく、とにかく理屈抜きで徹底して学ぶことが人間の頭脳を強靱なものに変えるのです。そこで学んだことが実は知恵と見識、そして人格を形成するブロックのパーツのようなものと言えるでしょう。
 このしっかりとしたパーツ無くして、どうやって生きる力などというものが組み立てられるのでしょうか? その辺の検証、詰めが全くないのです。
 ゆとり、という甘美なイメージを学びの現場に持ち込み、内容を薄くすればますます学習意欲は低下していくでしょう。そしてゆとりの時間は学びへの意欲ではなく一時的な享楽の方向に向かう・・。それが人間の本性であることを先例は示しています。脆弱な精神からは本当の生きる力などは生まれません。
 意欲の源は日々の精励にあり。学習への意欲は日々の学習にあり。が真理です。

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