栃木県 二宮町 せんだん幼稚園 理事長コラム

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 教育基本法は見直すべき
 教育基本法の改正について、政治家や有識者多数の連名による新聞広告(全面)が掲載された。その背景は、敗戦後、連合軍主導によって制定された現行の教育基本法も60年近い年を経て、その二世代にも渡る法統治による教育行政の結果様々な問題が顕れてきて、このままではいよいよもって日本の未来が危ない、という危機感である。事実、目を世の中に向けてみると、勉強しない、働かない、自己中心的でキレやすい、極端な例では自分の意にそわない家族を皆殺しにするといった例や、直ぐに自殺する・・等々、こころが病んだ若者が増えてきているように感じる。
 この原因は、やはり「人として如何に生きるべきか=人の道を学ぶ」という教育上最も大切なテーマを何十年にも渡って疎かにしてきたことにあるように思う。結果には必ずその原因がある。そのような若者が生み出された背景をしっかりと分析し対処する必要があろう。教育とは、原因=根っこの部分である。ここで戦前の教育の是非を論ずるはともかく、何はさておき、人の道の教育をしっかりと実践できるようにすることに異存はない。
 仏教=人の道を示した究極の教え
 現行法の下では公立学校においての宗教教育は原則禁止である。人の道を教えるのには倫理とか道徳とかいう観点からアプローチするしかない。問題はその内容が宗教色を廃する姿勢のあまり、思想的に極めて浅いことである。通り一遍の一般常識的レベルに留まっているため、人としての人格を磨くには心許ない(柔らかすぎる)ものだ。現在使われている教科書は驚くほど薄い。これでは教わる方も興味が湧かず、人の道を学ぶ=こころを磨く、という学問の本来の目的には遠いように感じる。
 古来、この手の教育には過去の偉大な思想家(孔子、孟子、仏教教典等)の思想について学ぶ手法がとられていた。現在ではどうだろうか? これらの古典は公立の学校では全く扱われない。身近な例では、たとえば、私達が住むこの二宮町は二宮尊徳という偉大な思想・仕法家ゆかりの地である。そんなことはこの土地の方は皆知っているが、では彼が何を行い、何を説いたのか、という肝心のその中味については当地の学校でもほとんど教えない。それ故、皆知らないのである。これではせっかくこの地には素晴らしい宝物があるのに、わざわざ覆い隠しているようなものである。
 当園の母胎である芳全寺など、寺院において受け継がれてきている仏教は人の道を説いた究極の教えである。しかし、現行法の下では公立学校の教材としては活用できない。無論、特定の宗教に偏った教育は問題である。しかし、偉大なる先代方の輝かしい「思想」「知恵」といった、人として生まれ、人としての道を歩む上での道しるべとなるこれらの宝物と出会うチャンスを奪うべきではない、と思う。