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降誕会とは、お釈迦様が生まれた日である。

徒弟・玲音

こんにちは。芳全寺徒弟の荒木玲音(あらきれおん)です。
お坊さんが聞いてみるインタビュー「echo」
今回は同安居と行った勉強会の様子をお届けします。

降誕会の教えとは

横井有朋(以下、有朋)

お釈迦様は、感受性が非常に豊かな性格だったため、子どものころから他の人や生き物の苦しみや悲しみを自分のことのようにとらえてしまい、苦悩の多い幼少時期を過ごしたと言われています。あるときは、途中の道端で、髪は白く、歯は抜け落ち、腰の曲がり、力なくやせ衰えた老人を見て、思いに沈み、またあるときは亡くなった方やその亡くなった方を囲み悲しみにくれる人々を見て、悩みを深めたそうです。

そうした苦しみや悩みを乗り越えるため、お釈迦様は家族を捨てて、国の王子様という立場を捨てて、修行の旅にでました。このときが29歳と言われています。

荒木玲音(以下、玲音)

29歳というと私がちょうど会社員を辞めてお寺に戻ってきたときと一緒です。
それから皆と修行に行ったのである意味近いですが、考え方が高尚すぎてとても真似できませんね汗

田村光隆(以下、光隆)

お釈迦様も苦行に打ち込まれていたわけですが、当時のインドでは、苦しいことに耐え抜いた先に、見えてくるものがあると考えられていたと聞いたことがあります。

有朋

その通りで、多くの方が他にも苦行を行っていたと言われています。その中でお釈迦様は他の誰よりも自分に厳しく苦行を行ったので、身体は弱り切っていてしまいました。いまにも倒れそうな状態のとき、たまたま通りかかったスジャータという方がその姿を見て、食事(乳粥)を用意してくれました。その食事によって身体を回復させましたが、苦行によっては悩みや苦しみは解放されないと考え、苦行をやめることになりました。

お釈迦様に乳粥を差し上げるスジャータ

苦行では悩みや苦しみから開放されない。坐禅を始める。

玲音

有名な逸話ですよね。この後ガヤーの町の近くにある菩提樹の下で坐禅を始めたのですよね。
ブッダガヤは仏教の四大聖地であり、私も25歳の時に行ってきました。多くの信仰者がいらっしゃってとても神聖な場所であると感じました。

2017年9月 ブッダガヤの菩提樹の下にて

釋尾龍信(以下、龍信)

現地に行ったのはとても羨ましいです。仏教に携わる者として上で一度は行ってみたい場所です。
お釈迦様の坐禅修行の際には悪魔が邪魔をしたという逸話を聞いたことがあります。お釈迦様が悟りを開いてしまうと、世の中の人皆がよい生き方、正しい生き方ができるよう導かれてしまうので、悪いことを考える悪魔がお釈迦様の修行を邪魔しに来たという話だったと思います。強い決意を抱いた釈迦は惑わされることなく、ついに悟りの境地に至ったのが、お釈迦様が35歳のときでしたね。  

仏教版PDCAサイクル

有朋

その通りです。
その後お釈迦様は苦について、四つの教え(四諦説)にまとめています。

  • 苦諦(くたい):人生は苦である
  • 集諦(じったい):苦の原因は妄執にある
  • 滅諦(めったい):苦の原因を除けば苦は消滅する
  • 道諦(どうたい):苦を消滅させるための実践

つまり『四諦説』とは、仏教で説いている現実問題の解決方法とも考えることができるのではないでしょうか。

光隆

まさに現代のPDCAサイクルですね。2,500年前から行われていたと考えると、極めて実践的な教えですよね。

玲音

現実の状態(どのような負の問題を抱えているか)を自覚し、その原因と解決方法を考え、それを実践する。苦の原因は妄執にあることが多いので、物事への執着から離脱することで、苦から逃れられる。本当にその通りですね。

龍信

つまり、苦をコントロールする生き方、を示されたとも言えますね。

有朋


苦行を経て、悟りを開いたお釈迦様の教えは、現代に生きる私たちにかけがえのない大切なことを教えてくれますね。そんな釈迦の教えを今一度、かみしめてみることが求められるような気がします。成道会で伝えられたら良いですね。 

徒弟・玲音

降誕会のエッセンスについてお分かりいただけたらとても嬉しいです。

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徒弟・荒木玲音

曹洞宗芳全寺徒弟/認定こども園せんだん幼稚園総務・保育士 コンサルティングファームでの経験を活かしたデジタル活用が得意 仏教を分かりやすく伝えるために日々勉強中です

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